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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)841号 判決 1962年2月28日

控訴人(原告) 佐多直康 外九名

被控訴人(被告) 大阪府知事

主文

原判決を取消す。

大阪市東淀川区農地委員会が原判決添附目録記載の土地について、昭和二十二年十二月二十四日に定めた農地買収計画竝に大阪府農地委員会が昭和二十三年二月二十九日、右農地買収計画に対して控訴人等先代亡佐多愛彦がなした訴願を棄却した裁決は、それぞれこれを取消す。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴人等代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。

当事者双方の主張並に証拠の提出、援用、認否は左に記載する外は、原判決事実摘示のとおりであるから、こゝにこれを引用する。

控訴代理人は

「控訴人等の先代亡佐多愛彦は、大阪府立医科大学学長、次で国立大阪医科大学の初代学長として、我国医学界に貢献するところが多大であつた傍ら、地方開発、都市建設等にも一見識を有していたところから、大阪市東淀川区加島町方面が、阪神間の交通、産業、運輸の要地であるにかかわらず未開発の状態にあるを遺憾とし、昭和十一年二月頃本件土地外数筆を買受けたのを始めとして、漸次周辺部をも買受けて宅地造成事業をなす計画であつたが、支那事変、次で大平洋戦争のために一時右計画を中止するのやむなきに至つたものであつて、その間桝形豊吉に右土地を賃貸し耕作せしめた事実はなく、同人は、何等正当の権原によらず本件土地を占有していたに過ぎぬから、右土地は買収計画の対象たるべき農地ではない。

のみならず本件土地の西北方約百五十米の地点には、大阪、神戸間を結ぶ国道産業道路が存し、東北方には、阪急神戸線が、南方約百五十米の地点には、国鉄貨物専用線が存し、本件土地はその中央部に存在し、右土地より半径百米の周囲部には買収前より住宅並に工場が建設せられ、僅か猫額大の本件土地のみが周辺部の開発より取り残されていたものである。而して右のような環境にあるために附近の住宅、工場等の悪水はことごとく本件土地に流入する関係から、これを耕作しても満足な収穫を期待すべくもなく、全く農地には適しない土地であつてこれを宅地として利用する以外には、客観的にその用途もなく、また周辺部との調和もとれない土地であつたところ、その後本件土地の周辺部には、東淀川工業高等学校が建設せられたのを始めとして、大小の工場竝に住宅等が棟をならべ庇を連らねるに至り、今や完全な都市工業地帯に変貌するに至つたのであるが、右は前述したような本件土地の立地条件からしても必至のこととして当然に予見せられたところである。よつて本件土地は自創法第五条第五号に基き買収除外指定がなさるべきであるにかかわらず、右の除外指定をなすことなくしてなされた農地買収計画は違法として取消さるべきものである。」

と述べた。(証拠省略)

理由

大阪市東淀川区農地委員会が、控訴人等先代亡佐多愛彦所有の原判決添附目録記載の土地について昭和二十二年十二月二十四日自創法第三条第一項第一号該当の不在地主の小作地として買収計画を定めたこと、これに対して亡佐多愛彦が異議の申立をしたが却下されたので、更に大阪府農地委員会に訴願したが、同農地委員会は昭和二十三年二月二十九日訴願棄却の裁決をなし、該裁決書は同年七月三十一日送達されたことは当事者間に争がない。

ところで原審竝に当審検証の結果によると、本件土地は、東北方は俗称産業道路なる国道に接し、西北方は阪急電鉄神戸線、南方は国鉄貨物線に囲まれた小地域に属し、附近一帯は、大阪市東淀川区の工場または住宅地としてつとに宅地化されているに反して、比較的近年まで湿田として取り残されていたものであるが、昭和三十一年頃その東南方部分に市営住宅が建設せられたのを始めとして次々に市営住宅、小工場等が建設せられ、更に近年その北方至近個所に東淀川工業高等学校の校舎、実験室、その他の大工場も建設せられるに至つて、完全に都市の工業地帯化しつゝあること、右の環境下において猫額大の本件土地を強いて農地として維持することは、農地政策の観点からしても、都市計画の観点からしても、何等得るところはなく、これを宅地として利用すべきことは正に経済的、社会的必然の成り行きであること、竝に右は都市膨張の一般的趨勢竝に本件土地の立地条件に基く必至の結果として、本件買収計画樹立の当時においても、当然これを予見し得べかりしものであることを認定し得るのであつて、他に右の認定を覆すに足る証拠はない。

してみると本件土地は、自創法第五条第五号にいわゆる「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」として、いわゆる買収除外の指定がなさるべきものであるにかかわらず、右の指定をなすことなくしてなされた本件買収計画は、違法であるから、その余の争点については判断するまでもなく、本件買収計画竝にこれに関する亡佐多愛彦の訴願を棄却した大阪府農地委員会の裁決は、これを取消さなければならぬ。よつてこれと異る原判決はこれを取消すべく、民訴法第三八六条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中正雄 河野春吉 本井巽)

原審判決の主文、事実および理由

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「別紙目録記載の土地につき、大阪市東淀川区農地委員会が昭和二二年一二月二四日(訴状に昭和二三年二月一三日と記載されているのは誤記と認める。)定めた買収計画ならびに大阪府農地委員会が昭和二三年二月二九日原告の訴願を棄却した裁決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

「一、大阪市東淀川区農地委員会は、原告所有の別紙目録記載の土地つき、昭和二二年一二月二四日自作農創設特別措置法第三条第一項第一号該当の不在地主の小作地として買収計画を定めた。原告はこれに対し異議の申立をしたが却下されたので、更に大阪府農地委員会(農業委員会法附則3、昭和二九年法律第一八五農業委員会法の一部を改正する法律附則26により大阪府知事が受け継ぐ以前の本訴被告)に訴願したが昭和二三年二月二九日訴願を棄却する旨の裁決がなされ、同年七月三一日右裁決書の送達を受けた。

二、しかしながら、右買収計画は次の諸点において違法である。

(一) 本件土地は農地ではなくかつ小作地ではない。

本件土地は自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第五条第四号所定の都市計画法第一二条第一項の規定による土地区画整理を施行する地区内の土地である。右土地区画整理組合は大阪市ならびに大阪府の指導監督の下に都市計画事業の重要施設として道路、公園、広場その他公共施設の新設拡張、土地の分合整地、上下水道、ガス、電気等の文化的設備の整備充実につとめ、すでに組合事業も数年前に完了し、地区内に漸次住宅、工場等相ついで建設せられつつある状態で、右地区は四通八達の道路を中軸として交通機関完備し、宅地としての諸条件を具備する理想的高燥な住宅地帯に一変するに至つた。元来区画整理は前記のように宅地造成が目的で、工事の施行にあたつては道路の設置、上下水道、ガス管等の埋設、土地の分合整理のため、土地は自然荒廃し、耕作者との間に耕作権をめぐつて将来種々の紛争が予想されるので、組合は事業着手前耕作者との間の耕作関係を終局的に一切解消して事業を施行して来たので、区画整理地区に関する限り、もはや法律上の小作関係は存在しない。終戦前後の食糧補給のため右地区内の土地に対し、一時的に、そ菜等を栽培するものがあつてもそれは暫定的な特異の社会現象で土地本来の用法に基づいたものではなく、ことにこれら使用者はなんら法律上の権限に基づかずして占有しているもので、法律上の賃貸借契約、使用賃借契約またはこれに類する耕作関係はない。大蔵省も財産税実施に際し、この種土地に対し、宅地としての課税評価をしている。以上のごとく本件土地は宅地としての要件、性格を有するものであつて農地ではなく、かつ小作地ではない。

(二) 自創法第五条第四号の買収除外指定をすべき土地である。右条文は耕作農民の生活の安定と耕作権の確立を主たる目的とする自作農創設事業と都市の将来の膨脹に対する市民住宅の予定地確保の必要との調整を規定したものである。本件土地は前記のとおり、すでに住宅地としての要件、性格を備えており、周囲は住宅街で大東亜戦争が起らなかつたならば、すでに工場や住宅が建設せられているはずの地区で、食糧事情悪化したため、原告の承諾なくして一時不法耕作する者ができたが、専業農家はほとんどなく、食糧事情の好転した現在では速かに宅地として利用することこそ、それによつて失われるものはきわめて少く、得る処は大である。したがつて本件土地は同条項の買収除外指定をすべき土地である。

(三) 仮に自創法第五条第四号に当らないとしても、同条第五号により買収除外指定をすべき土地である。

本件土地一帯の状況は前記(一)(二)にのべたとおりで、大阪市および東淀川区の市民の住宅政策、工場政策その他交通文化等諸般の社会公共の施設の遂行上絶対不可欠の重要地帯である。北大阪における社会公共施設の急速実施を要請せられているのは本件地域であり、本地域を除外して到底他に求めうべくもなく、現に東淀川区に日に月に市民住宅、工場、学校等が相ついで建設せられつつある驚異的発展こそこの事実を如実に裏書するものである。固より農地の売渡を受けた耕作者は農耕を廃し事ある毎に住宅公団、あるいは工場敷地等に高価で売却せんと計画し、もしくはすでに高価で売却し不当の利益を取得し、せつかく国家が自作農を創設した目的に反し、今日一般社会の批判の対象となつていることは顕著な事実で枚挙にいとまがない。これは大阪市のごとく大都市内における土地に対し、農地委員会が大都市の特殊性を無視し、社会公共の福祉という大所より検討することなく無差別的に買収計画を立てた結果に外ならない。

以上の諸事情を総合考察すれば、東淀川区農地委員会および大阪府農地委員会は本件土地につき、自創法第五条第五号の買収除外指定をすべき義務があるにかかわらず、買収計画を立てたものである。

三、東淀川区農地委員会がなした本件土地に対する前記買収計画には右のような違法があるので、その取消と、右計画に対する原告の訴願を棄却した大阪府農地委員会の裁決の取消とを求めるものである。」

(証拠省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

「原告主張一、の事実ならびに本件土地が土地区画整理組合地区内の土地であることは認めるが、その余の原告主張事実は争う。

(一) 本件土地は桝形豊吉がその親の代(明治時代)より賃料反当り一石の約束で賃借している小作地である。

(二) 原告は本件土地は自創法第五条第四号の買収除外指定をすべき土地と主張する。しかしながら同号による大阪府知事の指定はない。この指定はきわめて、近い将来に公用施設又は宅地造成の用地となることの確実な土地に限つてなされるもので、しかもその指定の公正かつ妥当を期するため、府農地委員会の意見を徴し、農林大臣の認可を受けて始めてこれをするのである。本件土地の現況は広々とした農耕地で到底近い将来に公共用施設又は宅地造成の用地となることの確実を期し難い地区で、したがつて知事も買収除外指定をしていないのである。しかのみならず、この指定は知事が行政上の必要に基づいてなす、いわゆる自由裁量処分であるから、たとえその処分が不当であつても、これを違法として取消することはできない。

(三) 本件土地は右に述べたとおりであるから、自創法第五条第五号にも該当しない。

以上のように本件買収計画および訴願の裁決には原告主張のような違法はないから、原告の請求は理由がない。」

(証拠省略)

理由

一、原告主張一、の事実は当事者間に争いがない。

二、(一) 原告主張(一)の点について

証人桝形豊吉、同北田勝行の各証言と検証の結果とを総合すれば、本件土地は桝形豊吉(昭和三二年当時六四歳)の親の代から賃料反当り一石の約束で当時の所有者から賃借耕作して来た田で、昭和二二年来の本件土地に対する買収計画当時、本件土地の周囲も田であつた事実が認められ、証人片野坂一夫、同佐多直康の証言も右認定を左右するに足らず、他に右認定を覆えすに足るべき証拠はない。

したがつて、本件土地は農地ではなく、小作地でないとの原告の主張は採用できない。

(二) 原告主張(二)の点について。

右土地が都市計画法第一二条第一項の規定による土地区画整理を施行する地区内の土地であることは前記のとおり当事者間に争いがないが、「土地区画整理を施行する土地」の境域内にある農地で知事が自創法第五条第四号の指定をするかどうかは自作農創設事業と都市計画事業との調整の観点からなされる自由裁量に属し、したがつて当不当の問題とはなりえても違法かどうかの問題とはならない。

(三) 原告主張(三)の点について。

証人桝形豊吉、同北田勝行の各証言、検証の結果と弁論の全趣旨とを総合すれば、本件土地は東海道線と宮原北方貨物線の分岐点の北東約三〇〇メートルの地点で、当裁判所の受命裁判官により検証の行なわれた昭和三五年三月二日現在において、本件土地の西端より西方約三〇メートルの処に浴場(A)があり、それより道を経てて西側一帯には数十戸の木造瓦葺平家建の市営住宅(B)があり、本件土地の南端より南方約五〇メートルの南側一帯にも数十戸の木造瓦葺平家建の市営住宅(C)があり、本件土地の東端より東方約五〇メートルの処に一〇戸余りの新築中の住宅(D)があり、更にその東方に田を距てて工場(E)があり、本件土地の西北端より西北方約一〇〇メートル余の処に工場(F)があるけれども、これら建物のうち、浴場(A)は昭和三三年頃、市営住宅(B)は昭和三一年頃、市営住宅(C)は昭和三二年頃、東方の工場(E)は昭和三〇年頃に建てられたもので、本件土地に対する買収計画の定められた昭和二二年一二月当時からあつたのは、本件土地の西北方にある工場(F)だけで、それ以外は周囲一帯は全部田であつた事実を認めることができる。

右認定のように、現在においては本住土地の周辺にかなり住宅、工場が建つに至つたけれども、それはいずれも右買収計画の時より約一〇年も経過した後における変化であつて、昭和二二年一二月の本件買収計画当時を基準として判断すれば、本件土地は自創法第五条第五号にいわゆる「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」には該当しないというべきである。

三、以上のように、本件買収計画には原告の主張するような違法は認められないので、右買収計画の取消と右買収計画に対する原告の訴願を棄却した裁決の取消とを求める原告の本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。(昭和三五年五月二〇日大阪地方裁判所判決)

(別紙物件目録省略)

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